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2008年12月の記事一覧

ネーミング批評(1) 焼酎のイメージを変えた
「かのか」のネーミング
ネーミング批評(2) 「レクサス」(トヨタ車)
・・・コンセプトの表現にズレがある
ネーミングの極意 生きている「やまとことば」の遺伝子
・・・[美しいことば]とは何か
  個人のカンと大衆のカン
・・・大衆の平均的感性とは何か
  ことばの「イメージ研究」の歴史
  音相理論の集大成版
「日本語の音相」をお分けします。

≪ネーミング批評(1)≫ 

焼酎のイメージを変えた
「かのか」のネーミング

協和発酵社で始めて焼酎「かのか」が発売されたとき、当所がネーミングのイメージ評価を行って、この名が決定されました。

この商品へのコンセプトは、それまでの焼酎という語が伝えるイメージを、上質でモダンな酒に変えたいというものでした。

「焼酎」という語を音相分析してみたら、分析表の有効音相基欄に見られるように、「オ、ウ音が多く、マイナス輝性(暗さ)」が高いため、新鮮味のない古風なイメージをもった語であることがわかります。

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焼酎

西欧風の明るく軽やかな語を作るには「順接拍構成のプラス輝性語」を使わなければなりません。

(注) 順接拍とは、子音と母音がプラスまたはマイナスの同一方向を向く拍をいい、プラス輝性語とは、語全体の輝性がプラス(明るさ)の方向を向く語をいいます。

すでに候補に上がっていた7~8件の作品をそれぞれ分析してみた結果、以上の条件を最も多く表現しているのが「かのか」だったのです。

「かのか」の分析表を見てみましょう。

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かのか

表情解析欄では「庶民的」をトップに「派手さ、明るさ、活性的」などを置き、それに「軽快感、都会的、強さ、躍動感、若さ」を加えて、品格の中に親しみ易さを感じる語であることがわかります。

また、モダンさの中に伝統酒の重みを感じる「クラシック感」と、「現代感やユーモア感」をつくる「少拍」(音の数が少ない)が情緒解析欄と特記事項欄に出ていることも1つの決め手となりました。

「かのか」という語が伝えるこのようなイメージが、その後の焼酎ブームを盛り上げた契機となったように思うのです。

≪ネーミング批評(2)≫ 

「レクサス」(トヨタ車)
・・・コンセプトの表現にズレがある

「レクサス」は、トヨタがアメリカ向け高級車として製造し、アメリカで高い評価を得たあと日本に逆上陸させて話題になったクルマです。

このクルマに対するトヨタの販売戦略は「クルマを売るのでなく、理想のライフ・スタイルを売る」ことにあったようですから、中心となるコンセプトは「高機能、高級感、優雅感、居住性」あたりと考えてよいでしょう。

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レクサス

表情解析欄を見ると、「爽やか(N項)」をトップに、実用性や居住性を表す表情語「都会的(H項)」、「躍動感(B項)」、「動的(D項)」、「安らぎ感(P項)」、「新奇さ(C項)」などが並び、コンセプト・バリュー欄でも、「スポーティー」で「男女とも若者に人気のある語」と出ていますが、この語の場合「高級感(R)」や「優雅さ(S)」などが低ポイントでしか出ていません。

そのため、このネーミングは賑やかさや実用的価値を高く見るアメリカでは好評を得ても、クルマという商品に存在感や豪華さをイメージする日本人には、何となく物足りないものを感じてしまうのです。

アメリカでは人気があったが、日本ではやや物足りないネーミングといえるのです。

このような配慮は、外国向けのネーミングを国内で売りだすときや、日本語のネーミングのまま外国で売りだす際の、大事なチェック・ポイントになるのです。

生きている「やまとことば」の遺伝子
・・・[美しいことば]とは何か

昔から「美辞麗句」ということばがネガティブな意味に使われているように、日本人は耳障りが良いだけで奥行や内容のないことばは、美しいことばと思わない「ことば感覚」をもっています。

「美しいことば」とはどういうものを言うのでしょうか。

それは意味や内容にふさわしい音相を持ったことばのことだといえるのです。

わかりやすい言い方をすれば、明るい意味のことばには明るさを感じる音、寂しい意味のことばには寂しさを感じる音が入ったことばでないと美しいことばとは言えないのです。

現代人は、音響機器の発達や漢字離れなどの影響でことばの音への鋭い感性をもっていて、外国のブランド名のように意味がわからなくても音が良いだけで人気が出たり、「チャパツ」「イケメン」「かっこいい」など音の良い流行語ははやるけど、音のよくない「ビッグ・エッグ」、「DIY(ディ-アイワイ)」、「WOWOW(ワウワウ)」「E電」などのことばは口にする人がおりません。これらはみな、現代人が優れた音相感覚を持っていることの証しといってよいでしょう。

国語の乱れがしきりに言われる現代ですが、音韻に関してはやまとことば時代とほとんど変わらぬ感性が現存しているのを私は強く感じるのです。

「言語は、時代とともに変化するが、音韻は1000年に3%しか変わらない」という言語学者の説がありますが、現代人の音への好みは古い昔とほとんど変わらない系譜の上を歩いていると思うのです。

それは「日本人」がもつ、あるいは「日本語」そのものがもつ遺伝子といってもよいでしょう。

音相論との取り組みは、日本語の祖語、やまとことばの美を訪ねる旅でもあるといえるのです。

個人のカンと大衆のカン
・・・大衆の平均的感性とは何か

人は誰でもさまざまな経験や、生まれながら身につけたカンや感性を持っています。

個人がもつそのような感性は、その人の存在と切り離すことのできない尊いものといえましょう。

詩人や作家など、創作家たちの活動は磨き上げたその感性の上で展開されるものですが、そのような特殊な感性を持つ人がネーミングの制作や評価を行っても、十分な結果が得られるとは限りません。いや、反対の結果になることの方が多いといえるのです。

ある会社が、ネーミングの最終決定会議に著名な作曲家を招き、その作曲家が強く推した作品で決まって発表されましたが、大衆の強い不評を買って2年足らずでその語の使用を取り止めたことがありました。

これは、特殊な感性をもつ創作家が自己の感性で捉えたものと、大衆のあいだで育まれた平均的な感性とは価値の基本が全く異ることを示した例といってよいでしょう。

ネーミングの制作において大事なカンとはどういうものをいうのでしょうか。

それは、「平均的な大衆」がその語の音に対して抱くカンを正しく掬い上げる カンだといえるのです。

ネーミングを制作する人の中には文芸や音楽などでカンを磨いた人が少なくありませんが、そういう人ほど自己の中に存在している個人的な好みやカンを捨てて取り組む修行が必要だといえるのです。

ことばの「イメージ研究」の歴史

紀元前4世紀、ギリシャの哲学者へラクレートスが、語音が伝えるイメージについて述べたことが記録の残っているようですが、その後ことばの音のイメージの研究はフィジズ(Physis)説と呼ばれましたが、現在では言語学の意味論の中で象徴という語で扱われています。

だが、言語学で対象となっているのは、特徴的なイメージを作る一部の音に限られているうえ、抽象的にしか述べていないため、この理論を使って現実にあることばのイメージを具体的なことばで取り出すようなことはできません。

わが国でも鎌倉時代に僧・仙覚が提唱し、江戸期において鴨真淵、本居宣長、橘守部などの国学者が引き継いだ「音義説」というのがありました。

この説は、「アは顕わるるさま」、「サは清らかなるさま」など、五十音のすべての音のイメージを捉えていますが、「ア」を[顕わるるさま]のように限定的に定義ずけているため、暗い意味をもつ[穴]という語の「ア」の説明はできないし、「サ」を「清らかなるさま」と定めているため、[ドサクサ]の「サ」の説明ができないなど、限りなく矛盾が生まれてくるのです。

これら諸説の欠陥は、どれもがことばの表情を「音素」や「音節(拍)」という音の単位でしか捉えていないからだといえるのです。

ことばの表情を客観的、そして具体的に捉えるには、「音素」や「拍」だけでなく「音相基」という別の単位で捉えなければならなかったのです。

音相基とは、ことばに表情を作る音の単位のことを言い、音素や音節のほか「濁音、長音、促音、順接拍、逆接拍、無声化母音」など合計40種のものがあります。(これを甲類表情といいます)

また、音相基同士の響きあいから生まれる表情(乙類表情)や表情語同士の響きあいから生まれる「情緒]もあります。「ことば」が伝える表情はこれらのすべてを総合して判断することで初めて得られるものなのです。

音相理論の集大成版
「日本語の音相」をお分けします。

「日本語の音相」(木通隆行著、小学館スクウェア刊、)はすでに絶版になっていますが、当研究所に余部があるのでご希望の方へお分けします。
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こちら)にご連絡いただけば郵便小包(料金は郵便振替払い)でお送りします。(定価2.850円)

【読者の感想】

●詩歌の音楽性を明らかにした画期的快著

日本の伝統的詩歌において不毛だった音楽性の重要さを解明された画期的な研究です。俳句の実作者としても、深く琴線に触れるものがありました。

短歌や俳句の音韻面については、折口信夫の『言語情調論』などはあってもまだ不十分で、「調べ」という曖昧な概念から抜け出ておりません。先生の「音相理論」はそれを闡明されたものと考えます。

「俳句スクエア」代表、五島篁風 (医師)

●音相という素晴らしい世界を知りました

「日本語の音相」、深い感動をもって読みました。

音相を知らずに日本語の鑑賞や評論などできないことをしみじみ知りました。目の覚めるような感動でした。

(富山、日本語研究グループ hirai)

ネーミングの分析・評価を行います